わたぼうしの活動紹介


【 NPOわたぼうしが出来るまでの活動 】

1992年
     たまたま行ったある病院の薬局で、薬剤師の方が視覚障害者に医薬情報及び服薬指導をするにあたり、とても苦労されている様子を見る。 同じ薬剤師として何か協力できることは無いか? これが活動のきっかけとなる。
1994年
妊娠と、幼児を抱えた状態でも何かできないかといろいろと考えた結果、新聞の広告にて見つけた通信添削による点字講座を受講し始める 。
1995年8月29日〜9月5日
塩原町レディースフロンティア(婦人海外研修):ドイツにてホームステイ、フランス、ベルギーにて施設の視察など。この時ホームステイでお世話になっ たのがDr.PETER LANGELUDDEKE。(後に薬袋項目のドイツ語訳、 及び英語訳の校正をお願いすることとなる。 )
1996年
点字活動開始。主に、レストランのメニューや、コンサートのプログラムなどの点訳を近隣の市町村で始める。 塩原町朗読の会“かっこうの会”に入会。
1996年4月
点訳活動を実施するにあたり、薬剤師である自分の技能を使い、かかりつけの内科や眼科を対象に薬の袋の点訳方法を考え始める。
1996年秋
兵庫県の盲学校の近くに薬局を開局している薬剤師クスモトタカジ氏か ら点字シールについて情報を得る。さっそく点字図書館から取り寄せ、試 作を始める。 診療所・薬局などの状況から、いかに安く、点字を知らない人でも手軽に扱えるかが課題と認識する。また総合病院においては、薬剤師が忙しすぎて、そこまで手が回ら無いと言う意見を聞く。
1997年3月24日
下野新聞に紹介される西那須野町の佐藤医院に点字シールを置いてもらう。
1997年4月
何件かの薬局やボランティアの方より、新聞を見て興味を持ったと連絡を受ける。その頃から各製薬会社のプロパーの方などに大衆薬の包装に関しても、山之内製薬と同様に印刷技術による点字表示の取り組みをお願いする。
1997年5月
獨協医科大学附属病院薬剤部にて賛同を得る。
1997年9月
獨協医科大学附属病院、塩原町の県医師会病院、黒磯市のあさひ薬局、上三川薬局・・・その他の薬局等に必要項目の比率を踏まえた点字シールを配る。
1997年10月17日
女子薬剤師会の定例会(大田原市)にて、活動内容の発表をし、協力を呼びかける。
1997年10月20日
NHK総合TV“首都圏ネット”(薬の週間)で紹介される 。
1997年10月29日
NHK総合TV“いっと6けん”(関東地方限定番組)で紹介される。こんにちわ知事さん(塩原町の住人として参加)の場で資料を栃木県知事に提出する。
1998年1月12日
ラジオ日本ネットワークに活動協力を呼びかけるため出演。その後、株)日本ミクロコーティングの協力にて点字プリンター対応のタックシールを開発、モニターを開始する。
1998年2月
病院薬剤師のための情報誌"Pharmacist Journal"2月号に同じ志の方々と載る。
1998年4月
栃木県病院薬剤師会が、県内の病院を対象に薬袋の点訳に本格的に取り組みを行うことを下野新聞に表明する。
1998年4月3日
わたぼうしの活動が毎日新聞・生活欄に掲載される。 レンテック(株)の送り穴無しで、タックシールの厚さを気にせず点字が打てる点字プリンター“TEN-10 ”を使い始める。
1998年4月29日
資生堂(株)コンシュマーズセンター発行の視覚障害者用美容情報テープ「おしゃれなひととき」・9月1日発行号のインタビューコーナーに参加 。
1998年9月
今後、今までの活動を全国的に広めていくために“ぷらちなWeb”&“優菜はうす”の協力によりホームページにて薬袋の点訳を中心に視覚障害者のサポートを行う。インターネット上で広く協力者を募集する。
1998年12月
毎日新聞栃木版で”わたぼうし”のホームページが紹介される。薬袋の項目について外国語訳も始めたことの協力要請。母国語にこだわるため、辞書的なものではなくその地域で育たれた方を対象に協力を呼びかける。
1999年3月
(株)日本ミクロコーティングに依頼していたタックシールが完成する。
1999年5月
残念ながら自社都合により(株)日本ミクロコーティング撤退。日本RAD-AR協議会の出している“RAD−ARカード”について点訳に入る。
1999年5月24日
主要製薬会社33社から設立された日本RAD−AR協議会にて講演。 各製薬会社に視覚障害者、老人などに対する服薬指導に関する対策を提案、および協力要請。
1999年6月12・13日
参議院議員石井道子氏、日本薬剤師会会長佐谷圭一氏、厚生省医薬安全局長中西明典氏、東京都衛生局薬務部長山川洋平氏に、5月24日の製薬会社に対する提案事項原稿を手渡す。
1999年8・9月
薬業時報社の病院向け月刊誌“調剤と情報”の8・9月号にわたぼうしの活動が掲載される。
1999年9月12日
宇都宮市マロニエプラザにて宇都宮青年会議所主催のパネルディスカッション“これからの地域のNPO活動のあり方”において宇都宮市長福田富一氏、 NPO栃木ボランティア情報ネットワーク事務局長矢野正広氏と共にパネリストとして出席。
1999年9月26日
京都にて特定非営利活動法人わたぼうしの設立総会を行う。
1999年9月28日
栃木県庁に特定非営利活動法人わたぼうし設立申請を行う。
1999年11月
わたぼうしのホームページが独自ドメイン取得に際し、移動しました。http://www.wataboushi.org/
1999年11月19日
日本RAD−AR協議会に関与する製薬会社の出している患者用“くすりのしおり”CD−ROMの点訳、音訳、拡大文字化に関しての日本RAD−AR協議会との打ち合わせ。



【 NPOわたぼうしの活動 】

1999年12月17日
特定非営利活動法人わたぼうし設立。
1999年12月22日
社会福祉法人日本点字図書館(点字製作課)にて、くすりのしおり事業を進めるに際してのご意見をうかがい、点字校正に関して協力要請をする。
2000年1月
サンプルとして各製薬会社のくすりのしおり1例に関して点訳、音訳、拡大文字化作業に入る。
2000年4月
栃木県社会福祉教育センター編集・発行の、福祉教育シリーズ第26集”福祉を考える〜NPO法人における福祉活動の実践から〜”に、NPOわたぼうしの活動が紹介される。
2000年7月中旬
宇都宮ライトセンターでNPO法人わたぼうしより提案した名刺点訳について事業化する事が決定されました。そのため、PCぼらとして引き続き支援を行っていく事となりました。
2000年7月28日
(社)日本薬剤師会の長井記念館において、医療情報における視覚障害者対策の取組みについて意見交換を行った。また、老人に限らず一般に薬の手帳が緊急の際や普段の医療スタッフの薬歴管理、患者側の服薬の再認識に有用であり、全国統一のものを早急に用意すべきと提案した。

日本点字図書館・東京ヘレンケラー協会点字図書館を訪問。(株)アメディアにて新しく出たインターネット・ブラウザに関する視覚障害補助ソフトの説明を受ける。操作が簡単かつわかりやすく視覚障害にかかわらず他の障害者にも適応できるインターネットを使いこなせるソフトの登場に、とても嬉しく感じられた。
2000年8月1日
NPO法人那須フロンティアの方々と意見交換をする。
2000年8月14日
NPO法人”わたぼうし”がPCボランティアとして支援している宇都宮ライトセンターでの名刺点訳について NHK首都圏ネットワーク(関東甲信越地域のみ)にて紹介される。

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