[Mr.I のピッツバーグ紀行]

[第13話]

 今回は、アメリカに来てからの仕事に関して書きたいと思います。

 以前第3話に書いた通り、私の仕事はコンピュータ・グラフィックスに関するソフトウェアをつくることで、主に自動車や電気製品などの設計の分野に使うソフトウェアを研究してきました。
 ここの大学に来てからの主な仕事の一つは、研究室の学生と共同で上記のソフトウェアに関する新しい方法を研究することです。
 自動車や電気製品の設計をするとき、ほとんどのメーカーでは単に形をデザインするだけでなく、その安全性や強度、性能をコンピュータで計算します(これを解析と呼ぶことが多い)。大きな製品だと、この解析の過程だけで数ヶ月を要してから、その後ようやく試作に入る、ということが多くなります。
 このとき、コンピュータの上でデザインされた製品の形状をつかって解析をするために、デザインされた形状をミジン切りにした新しいデータをつくる必要があります。これを自動化するソフトウェア(私達はこれをメッシュと呼んでいます)を私のグループでは数年間開発しています。目標としては、上記の「数ヶ月を要する」という解析のプロセスを、自動化によって半分、いやそれ以下に短縮する、ということがあります。いま私達が勉強していることは、平たくいえば「メッシュそのものだけでなく、それに必要な参照データまでも自動算出する」ための方法です。
 どのように自動算出するかというと、以前に別の人が作成したメッシュや、そのメッシュを使った解析結果をみて、「ここは以前のメッシュを真似しよう」「ここはもっと気をつけて計算したほうがいい」というような特徴を自動で探し出し、その特徴にあうようなメッシュを作成することができるようなデータを自動でつくりだす、ということです。(こんな拙い説明で通じるのかなぁ?)
大学での研究成果を披露する最も大きな舞台のひとつは、学会です。私達はいま、来月提出締切の学会に向けて原稿を書いてます。原稿は、いままでの人たちが発表した方法をまとめ、それに対して自分の新しい手法はこんないいんだよというPRじみたことをまとめ、最後に自分の新しい手法をコンピュータで動かした結果を載せます。だいたい10ページくらいで書きます。提出した原稿が採用になると、数ヵ月後に代表者が発表に行き、20枚やそこらのOHPを使って20〜30分くらいで講演をします。(いまはOHPよりもノートパソコンを使う人のほうが多いですが。)この原稿書きも、私の帰国前の仕事ラッシュのひとつになってます。
 さて、私の通っている研究室の仕事内容は以上なのですが、実はアメリカに来る直前に、私の本来の職場の所長さんから、こんなことを言われました。コンピュータ・グラフィックスの市場といったら、上記のような設計の分野と、エンターテインメントの分野が主流になりますが、どちらの分野でもなくもっと自社のビジネスの主流になるような分野への応用について勉強してこいというのがリクエストでした。
 この勉強については、私の通っている研究室とは独立に、まったく個人的にやってます。まずは身近な大学内の研究室で参考になるものを探そうということで、個人的に大学内のホームページを検索し(これが死ぬほど多い)上記のリクエストに近そうな研究室の人を探してはしらみつぶしにメールを書き、返事があった人と訪問して研究内容を見せてもらい、ということを繰り返しました。これで実際に、何人かの研究者と親しくなることができました。
 また、私の会社にはニューヨークにも研究所があり、コンピュータ・グラフィックスのグループがあります。私はアメリカに到着してから最初の2ケ月くらいで、彼らがまだ着手していなくて、しかも彼らのいままでの仕事と統合できるような研究テーマを探し出しました。そして3月末に彼らを訪問し、「一緒に研究をやろう」という提案をしてきました。私の会社では世界中に研究所があり、2箇所以上で同じ研究テーマに手をつけていると「そのテーマは1箇所だけでやればいい」と言われてしまうので、近い分野の研究テーマに着手しているグループとの連携が重要になるのです。
 この研究テーマを実際に応用する分野を探し出すために、コンピュータ・グラフィックスとは違うグループとも議論を始めています。ひとつは膨大な文章(たとえば新聞やホームページなど)から特定の情報を抽出するための研究グループ、ひとつは生物の細胞レベルの振る舞いを計算で導くための研究グループです。どちらもニューヨークの研究所の人と議論を進めています。私もまさか、このような人たちと議論を進めることになるとは、アメリカ到着時には予想もしていなかったので、いま非常に新鮮な気持ちで仕事を進めています。
 私は来月末で帰国するのですが、その直前にもう1回ニューヨークの研究所を訪問し、コンピュータ・グラフィックスのグループと、それから上記の2つのグループを訪問してきます。後者は初めて会うグループであり、また私にとって未知な研究分野なので、いまから非常に楽しみです。
 
 このようにして、主に大学内、そして社内の多くの研究者と、メールを交わしたり実際に会ったりして交流をしてきましたが、総じてアメリカにいる研究者は日本人研究者より正直です。日本人研究者の中には、あまり関心のない話題でも礼儀的に少しだけ質問してみたり、逆にすごく関心のある話題であっても控えめにつきあったりする人を見ますが、こっちは実に正直で、関心のない話題のときは平然とあくびをしながら聞いてますし、話し終わってからも「あっそう」という感じで会話が終わってしまったりします。逆に、私の話に強い関心をもってくれた人の中には「いやー感激したよ、ぜひ俺と一緒に勉強しようよ、さて明日は何から始めようか、まずはメシでもどうだい、おいしい日本食を近くに知ってるぜ」という感じで、ノリノリな反応を示してくれます。
 この正直さは、さすがアメリカだなーと思います。それだけ反応がハッキリ返ってくるからには、自分が人の関心を引くような話題を持ってなくてはならない、というシビアな責任とか気合を感じることが多いです。この地の研究者が、どれだけその気持ちを持ちつづけて仕事をしているのかはよくわかりませんが・・・。

 

 

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