[Mr.I のピッツバーグ紀行]

[第10話]

 今回は、私が通っているカーネギーメロン大学(以下CMUと略す)の、学生について報告いたします。

 アメリカの有名私立大学の中には、かなり学費の高い大学が多いのをご存知でしょうか。
 たとえばCMUの機械工学科の年間学費は400万円近くです。
(参考までに、私の出身大学の理工学部の年間学費は100万円強でした。)
学費の高さが関係あるのかどうか知りませんが、CMUの大学生は地元ペンシルバニア州出身の学生が多いです。
日本のように全国から優秀な学生が一極集中するという傾向は、少なくともCMUには見られません。
 「アメリカの大学は入るのは簡単だけど出るのは難しい」と言いますが,CMUに関していえばそれは事実です。
というのも、毎週の講義の後に出る宿題の量が非常に多いのです。
それもパソコンを使う宿題が多いので、よほど高性能なパソコンを自宅に持っている学生でない限り、
土日も宿題のために通学する忙しい学生が非常に多いのです。土日の夜でも、驚くほど多くの学生が教室にいます。

 アメリカの大学は夏休みが3ヶ月くらいあります。私はこれを大学生のときに初めて聞いて、
「いいなー思いっきり遊べて」と思ったのですが、それは大きな間違いでした。
CMUの学生の多くは、遊ぶというより、アルバイトや企業実習、交換留学などで夏休みを送っているそうです。
 最近では日本の学生でも増えてきましたが、CMUの学生のかなり多くは、
就職活動のために履歴書をインターネットで公開してます。
大半の学生(女子も)が住所や電話番号を公開してますが、大丈夫なんすかねぇ。
 日本の学生の就職活動対策では「面接官に何を聞かれても回答できる」ということを、 練習することが多いかと思いますが、
CMUの学生を見て感じることは、むしろ「面接官に聞かれる前に自分からアピールする」という姿勢です。
彼らの履歴書を見て感じる傾向に「あれもやったことある」「これもやったことある」というように、
ひたすら経験を列挙して「数で勝負する」という姿勢があります。
「小学生のときから○年間にわたってこれを継続してやりました」というような日本の内申書的な売り込み方とは対照的です。
 私の例でたとえるなら、「トロンボーンを20年やってます」というような「継続は力なり」的なアピールは説得力不足で、むしろ
 「トランペットでもステージに出たことあります」
 「昔はギターもキーボードもかじってました」
 「指揮法を読んだことあります」
 「高校の吹奏楽部は県で1位になったことがあります」
 「作曲のバイトをしたことあります」
 「FM放送に出たことあります」
というように、なんでもかんでも書き並べるのがいいみたいです。

 ここ数年はアメリカは景気がいいので、アメリカ人学生は工学系でも大学院に進学せずに就職する傾向が強いそうです。
よっていまのCMUの工学系大学院の学生は、非アメリカ人ばかりです。
特に中国人、インド人、フランス人、イタリア人などが多いです。
 機械工学科で意外と少ないのは、日本人、イギリス人、ドイツ人です。
というのもこれらの3国は、アメリカに次いで工学系の大学院が充実しているので、
つまり自国である程度の工学系の研究教育がまかなえるから、留学の必然性に迫られていない、という解説を聞いたことがあります。
逆に他の国では、自国の大学院が不十分だったり、自国に研究系の就職先が少なかったりするために、
外国に自分の進路を見出しているのだそうです。
 ちなみに、大学院卒業(終了)後にすぐ帰国する人が最も多いのも日本人だそうです。
それだけ自国に就職先があるという意味も含んでいるのですが、私の親戚に言わせると別の意味もあるようです。
親戚いわく、日本人には童謡「ふるさと」のフレーズ「志を果たして、いつの日か帰らん」に代表されるように帰郷精神が強いので、
海外への長期滞在希望者が増えない、という説もあるそうです。
 そう考えると、世界に誇るCMUの工学系大学院のレベルは、
「母国に帰っても志は果たせないのでアメリカに固執したい」という各国の留学生のパワーに支えられているのかもしれないなぁ、という気がします。そして、このパワーがまさに、アメリカが工学系の研究をリードしている背景なのだと思います。
 いや、ひょっとしたら工学系に限った話じゃないかもしれません。例えば音楽関係の知人からも似たような話を聞くことがあります。
実際、ここにいるとそういうパワーを感じるので、仕事をしていて頼もしいものを感じますし、逆にシビアなものも同時に感じます。
私の研究室の大学院留学生は、見ていて心配になるくらい、朝から晩までいつも研究室で何かの作業や勉強をしています。

 さて、CMUに限らず、アメリカの工学系大学院生のかなり多くは、学費を免除されています。
ほとんどの工学系大学院生は研究室に所属しますが、アメリカでは多くの研究室が自分の予算で大学院生の学費を払ってるのです。
そしてアメリカの工学系研究室では、企業から研究費用をもらって、企業が使いたくなるような実用価値のある研究を進めます。
 このサククルを箇条書きにすると、
 1、大学の研究室は企業から予算をもらう。
 1、大学の研究室は企業が目をひくような価値のある研究成果をあげる。
 1、大学の研究室は研究成果を学会発表して業界の知名度を高める。
 1、大学の研究室は知名度と予算をもって優秀な学生を呼び寄せる。
というような感じです。
 このサイクルがうまく廻っている研究室は、学費免除のエサをつけて優秀な学生を集め、
その学生がさらに優秀な研究成果をあげ、その研究成果が企業の予算を呼ぶ、という好循環をもたらすことができます。
学生のほうも、学費を免除されたかったら、優秀な成績をあげて、予算のある研究室に呼ばれるようになろう、という動機をもって頑張ります。

 アメリカの工学系大学教員という職業は、実にシビアです。何年かごとに、
 1、日ごろの講義に対する学生の評判
 2、企業から予算を集める実績
 3、学会論文の数
などを評点されて、基準に達しない教員は容赦なくとばされます。このシビアさも、きっと大学教員に限った話じゃないんでしょうね。
 もっともアメリカの大学教員の場合は、自分からも積極的に転職するので、空席募集の機会も多くみかけます。
ですから、とばされるといっても、再就職先も日本よりチャンスが多いかもしれません。

 では、今回はこのへんで。次回はまた「小市民ネタ」です。

 

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